機械式時計の理論

機械式時計の理論


3-4 平ヒゲの理論

3-4-1 アルキメデス曲線

通常のヒゲは渦巻き形状をしている。ここで

\begin{eqnarray} z&=&re^{i\theta} \\ r&=&a\theta \end{eqnarray}

で表される曲線をアルキメデス曲線という。

これは図に示すような螺旋で$\;\theta\;$が$\;2\pi\;$だけ増すとき半径$\;r\;$が$\;2\pi a\;$だけ増すから

ピッチ$\;2\pi a\;$で一様に半径の増えていく渦巻き曲線である。


時計のヒゲは一様な厚さに圧延した板材を数枚重ねてかたく巻き、くせをつけてから解きほぐすから

出来上がった形はピッチが板厚の重ねた枚数倍の正確なアルキメデス曲線になっている。

曲線の微小部分の長さを$\;ds\;$とすると図からわかるように


\begin{eqnarray} (ds)^2=(dr)^2+(rd\theta)^2 \nonumber \end{eqnarray}

である。式(2)を用いればこれは


\begin{eqnarray} ds^2=a^2(1+\theta^2)d\theta^2 \end{eqnarray}

となり、これから


\begin{eqnarray} s&=a&\int \sqrt{1+\theta^2}d\theta \nonumber \\ &=&\frac{a}{2}\{\theta \sqrt{1+\theta^2}+ln(\theta+\sqrt{1+\theta^2})\}+const. \end{eqnarray}

が得られる(第5部 数学公式集 5-2)。アルキメデス曲線は$\;\theta=0\;$から$\;\theta=\infty\;$まで無限の長さを持つ

曲線であるがヒゲはそのうちの一部$\;\theta=\theta_0\;$から$\;\theta=\theta_1\;$までの区間を用いている。

ヒゲの内端、外端の半径をそれぞれ$\;r_0,r_1\;$とすれば式(2)より


\begin{eqnarray} r_0=a\theta_0\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;r_1=a\theta_1 \end{eqnarray}

で実際上はヒゲのピッチ$\;2\pi a\;$と内径、外形とを知って式(5)から巻き始めの位置における$\;\theta_0\;$と巻き終わりの

位置における$\;\theta_1\;$とを求めるのである。ヒゲの長さを巻き始めの位置から測ることにすれば式(4)において

$\;\theta=\theta_0\;$で$\;s=0\;$になるように積分定数を定めて


\begin{eqnarray} s=\frac{a}{2}\{\theta \sqrt{1+\theta^2}-\theta_0\sqrt{1+\theta_0^2}+ln{\frac{\theta+\sqrt{1+\theta^2}}{\theta_0+\sqrt{1+\theta_0^2}}}\} \end{eqnarray}

が得られる。この式に$\;\theta=\theta_1\;$を入れればヒゲの全長$\;L\;$が求められる。


ここで次のような数値例を考えてみよう。

ピッチ $2\pi a=0.17mm$

内径 $r_0=0.7mm$

外形 $r_1=2.8mm$

\begin{eqnarray} \; \end{eqnarray}

この数値を式(5)に入れると


\begin{eqnarray} \theta_0=8\pi\;\;\;\;\;\;\;\;\;\;\theta_1=33\pi \end{eqnarray}

を得る。式(7)は必ずしも代表的な数値例というわけではなくほんの一例にすぎないが、他の寸法のものをとってみても

$\;\theta_0,\theta_1\;$の値は1に比べて相当大きな値になるのが普通である。


$\;\theta\;$の変域は$\;\theta_0\;$と$\;\theta_1\;$との間であるから$\;\theta\;$は常に1に比べてかなり大きな値をとる。

$\;\theta\;$が1に比べて大きな値であることを考慮すると式(6)は次のように簡単にすることが出来る。


\begin{eqnarray} \sqrt{1+\theta^2}&=&\theta(1+\frac{1}{\theta^2})^{1/2}=\theta+\frac{1}{2\theta}-\frac{1}{8\theta}+\cdots \nonumber \\ \frac{\theta+\sqrt{1+\theta^2}}{\theta_0+\sqrt{1+\theta_0^2}}&=&\frac{2\theta+\frac{1}{2\theta}+\cdots}{2\theta_0+\frac{1}{2\theta_0}+\cdots}=\frac{\theta}{\theta_0}[1+\frac{1}{4\theta^2}-\frac{1}{4\theta_0^2}+\cdots] \nonumber \\ ln{\frac{\theta+\sqrt{1+\theta^2}}{\theta_0+\sqrt{1+\theta_0^2}}}&=&ln{\frac{\theta}{\theta_0}}+ln{1+\frac{1}{4\theta^2}-\frac{1}{4\theta_0^2}+\cdots}] \nonumber \\ &=&ln{\frac{\theta}{\theta_0}}+\frac{1}{4\theta^2}-\frac{1}{4\theta_0^2}+\cdots \nonumber \end{eqnarray}

などの関係を入れると式(6)は


\begin{eqnarray} s=\frac{a}{2}[\theta^2-\theta_0^2+ln{\frac{\theta}{\theta_0}}+\frac{1}{8\theta^2}-\frac{1}{8\theta_0^2}+\cdots] \end{eqnarray}

となる。$\;\theta_0=8\pi\;$とすると


$\;\theta=1.1\theta_0\;$のとき 

$\;\theta^2-\theta_0^2=0.21\theta_0^2=133\;$

$\;ln{\frac{\theta}{\theta_0}}=ln1.1=0.1\;$

$\;\frac{1}{8\theta^2}-\frac{1}{8\theta_0^2}=\frac{-0.02}{\theta_0^2}=-0.00003\;$


$\;\theta=2\theta_0\;$のとき

第1項=$\;30\theta_0^2=1895\;$

第2項=$\;ln{2}=0.7\;$

第3項=$\;\frac{-3}{32\theta_0^2}=-0.00015\;$


であり第1項に比べて第2項以下は非常に小さいことがわかる。$\;\frac{\theta}{\theta_0}\;$が大きくなると

第2項以下の相対値は更に小さくなる。したがって式(9)は第1項だけで近似することができて


\begin{eqnarray} s=\frac{a}{2}(\theta^2-\theta_0^2) \end{eqnarray}

とすることができる、したがってヒゲの全長$\;L\;$は


\begin{eqnarray} L=\frac{a}{2}(\theta_1^2-\theta_0^2) \end{eqnarray}

である。式(10)は式(3)において1を$\;\theta\;$に比べて小さいとして省略し$\;ds=a\theta\;d\theta\;$ とすれば、これから直ちに得られる式である。

この曲線の原点まわりの2次モーメント$\;I_h\;$は


\begin{eqnarray} I_h&=&\frac{1}{L}\int_0^Lx^2ds\approx\frac{1}{L}\int_0^Ly^2ds\approx \frac{1}{2L}\int_0^Lr^2ds \nonumber \\ &=&\frac{1}{2L}\int_{\theta_0}^{\theta_1}a^2\theta^2a\theta d\theta=\frac{a^3}{8L}(\theta_1^4-\theta_0^4) \nonumber \end{eqnarray}

で、これに式(11)を用いて


\begin{eqnarray} I_h=\frac{a^2}{4}(\theta_1^2+\theta_0^2) \end{eqnarray}

が得られる。