実際の時計のテンプの運動はテンワの中立点近くでアンクルからの衝撃により角速度の初速が与えられ、
この後テンワはほぼ正弦曲線に従って最大振り角まで振れた後ヒゲゼンマイの反力により中立点に戻ってくる。
通常の時計ではこの中立点に戻る少し手前でテンワの回転エネルギーを使って(速度を落として)ガンギ車の停止を解除し、
再び主ゼンマイのトルクが輪列を伝ってアンクルを加速し、これに依ってテンワに衝撃が加えられるという繰り返しとなる。
このとき、もし正確に中立点でのみ衝撃が加わり、ガンギの解除が無く、尚且つ粘性減衰や固体摩擦を無視すれば
テンワの運動は第2部2-1で求めたようになり周期$T$は次式のとおりになる。
\begin{eqnarray}
T=\frac{2\pi}{\omega_n}=2\pi \sqrt{\frac{I}{k}}
\end{eqnarray}
ここで、
$\;\omega_n\;$: テンプの固有振動数,$\;I\;$: テンワの慣性モーメント,$\;k\;$: ヒゲゼンマイのバネ定数
である。この式には振り角$\;A\;$が入っていない。すなわち振り角が変化しても振動周期が一定であることを示している。
これを等時性が保たれているという。
しかし実際にはテンワへの衝撃は中立点からわずかにずれており、中立点手前で必ずガンギ解除のためのエネルギーロスが
あること(これらを脱進機誤差という)、加えてヒゲゼンマイのバネ定数は実は一定では無く振り角に依って変化することなどの理由で
厳密に言うとテンプの周期$\;T\;$は式(1)のとおりにはならない。すなわち等時性が乱れることになる。
実際のテンプの周期を乱す要因は他にも多くあるためこれらを一つの外乱トルク$\;f(\theta)\;$が加わったことにして
次のように外乱による誤差として表すのが一般的である。
外乱トルク$\;f(\theta)\;$が加わったときのテンプの運動方程式は減衰項を無視すれば次のように表すことが出来る。
\begin{eqnarray}
I\frac{d^2 \theta}{dt^2}=f(\theta)-k\theta
\end{eqnarray}
両辺を$\;I\;$で除して整理すると
\begin{eqnarray}
\frac{d^2 \theta}{dt^2}+\frac{k}{I}\theta=\frac{f(\theta)}{I}
\end{eqnarray}
\begin{eqnarray}
\omega_n=\sqrt{\frac{k}{I}}
\end{eqnarray}
とおけば式(3)は
\begin{eqnarray}
\frac{d^2 \theta}{dt^2}+\omega_n^2\theta=\frac{f(\theta)}{I}
\end{eqnarray}
ここで外乱トルク$\;f(\theta)\;$があるのでテンワの運動は完全な正弦運動では無くなるが$\;f(\theta)\;$が小さければ
近似的に正弦運動とみなすことができて
\begin{eqnarray}
\theta=Asin\omega t
\end{eqnarray}
と書くことが出来る。$\;\omega\;$は$\;\omega_n\;$と僅かに異なる未定定数で外乱トルク$\;f(\theta)\;$の存在によって
周期がどれだけ影響を受けるかを見るのがこの節の目的である。
式(6)を式(5)に代入すれば
\begin{eqnarray}
-A\omega^2sin\omega t +\omega_n^2Asin \omega t=\frac{f(\theta)}{I}
\end{eqnarray}
整理すると
\begin{eqnarray}
A(\omega_n^2-\omega^2)sin\omega t=\frac{f(\theta)}{I}
\end{eqnarray}
ここで両辺に$\;Asin\omega t\;$を掛けて1周期(t=0〜T)にわたって積分すれば次のようになる。
\begin{eqnarray}
A^2(\omega_n^2-\omega^2)\int_0^T sin^2\omega t dt=\frac{A}{I}\int_0^Tf(\theta)sin\omega t dt
\end{eqnarray}
ここで三角関数の倍角公式(第5部 数学公式集 5-1-5 倍角公式)より
\begin{eqnarray}
\int_0^Tsin^2\omega t dt=\int_0^T(\frac{1-cos2\omega t}{2})=\frac{T}{2}
\end{eqnarray}
また式(9)の右辺の$\;Asin\omega t =\theta\;$だから式(9)は次のようになる。
\begin{eqnarray}
\frac{A^2T}{2}(\omega_n^2-\omega^2)=\frac{1}{I}\int_0^T\theta f(\theta)dt
\end{eqnarray}
ここで
\begin{eqnarray}
\omega=\omega_n(1+\delta)
\end{eqnarray}
とおくと
\begin{eqnarray}
\omega=\frac{2\pi}{T}\;\;\;\;\;\;,\;\;\;\;\;\;\omega_n=\frac{2\pi}{T_0}
\end{eqnarray}
だから
\begin{eqnarray}
\delta=\frac{T_0-T}{T}
\end{eqnarray}
となる。$\;\delta\;$は等時性を保つ振動系$\;f(\theta)=0\;$との周期のずれの割合だからこれを等時性誤差と呼ぶ。
式(12)を式(11)に代入して$\;\delta^2\;$の項を無視すれば (∵$\;\delta \ll1\;$)
\begin{eqnarray}
-A^2\omega_n^2\delta T=\frac{1}{I}\int_0^T\theta f(\theta)dt
\end{eqnarray}
$\;\omega_n^2=k/I\;$だから式(15)を$\;\delta\;$について整理すると
\begin{eqnarray}
\delta=-\frac{1}{A^2kT}\int_0^T\theta f(\theta) dt
\end{eqnarray}
これが外乱トルク$\;f(\theta)\;$があるときの等時性誤差の一般式である。
これより等時性誤差は一般的に振り角の2乗に反比例することがわかる。